〇生き方に迷った記録2-2


◎人間失格 2012/3/28(水) 午後 11:59

太宰治の自叙伝とも言われる「人間失格」。
作品の主人公である葉蔵は、若い時から人間、世間を恐れ、
やがて酒と薬に溺れ自暴自棄になり、
生きていく自信を無くし
狂人、廃人、人間失格となる。

自分も今、似たような状態のような気がする。
人間不信、社会の輪に入る事の出来ない不安、
正に生きていく自信が無い。

これからまだ30年も社会人をやっていかなければならない事を考えるとぞっとする。
絶望感しか無い。
たかが10年そこらでこんなにも疲れ果てている自分には、30年は苦痛でしかない。
そんな自分はすでに人間失格なのかもしれない。

家から一歩外に出れば、あらゆる場所で人が仕事をしている。
コンビニ、飯屋、駅、服屋、街頭のチラシ配り…
この世の中は仕事をする人達で成り立っているのだと実感する。
自分は今週末でそこから外れることになる。
理由はどうあれ、自分の意思で世の中の成り立ちから逃げ出す臆病者。

人の世の理から足を踏み外し、這い上がる気力も無い。
目に入る全ての人に対し劣等感を覚え、怯えている。
それでも生きていくにはまた仕事を探さなくてはならない。
しかし、就職活動に関してまだ何も考えていない。
何も考える気になれない。
いっその事、死に至る病にかかり短い余命を宣告された方が幸せだなどと考えてしまう。
正に人間失格。 

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◎退職 2012/3/31(土) 午前 0:03

今年1月に入社した会社を、今日退職した。
7ヶ月間の就職活動を経てやっと入社した会社を、3ヶ月で辞めてしまった。
あれだけ苦労して就職したのに、何とも短くあっけない退職だった。

いわゆる「ブラック企業」というヤツだった。
あまりにも理不尽な職場だった。
でも、
そんな職場でも辞めずに頑張っている人もいる。
結局自分は我慢も努力も足りなかったのだ。
他の人よりも心が弱く怠惰で続ける勇気がなかった。
退職に至った非は自分にある。

明日からの生活はどうなるのだろうか。
とてもすぐに就職活動を始められる精神状態ではない。
かと言って、今までのように海外旅行や国内長期旅行を楽しめる気分でもない。
仕事を探す気力も、遊んで気分転換する心の余裕も無い。
やはりお遍路しかない。

四国八十八箇所を歩き遍路でまわる道のりは1200km。
体力的に辛いだろう。
宿泊費を抑えるために野宿もするつもりでいる。
50日程度の長い修行になる。

今は自分に鞭を与えたい。
精神的にではなく、体力的に苦しい思いをしたい。
そうして今の精神的な苦痛をごまかしたいのかもしれない。
余計な不安を考える余裕を無くしたいのかもしれない。

四国へは4月中旬から下旬あたりに行こうと考えている。
明日からはその準備を本格的に始める。
時間は沢山ある。
もう仕事は無いし、就職活動もしないのだから。

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◎涙 2012/4/3(火) 午前 0:53

何となく、ネットで東日本大震災に関する動画を見ていた。
掲載されている動画の中には、海外の人たちが日本へ向けて応援のメッセージを送っているものも多数ある。
日本よりもずっと貧しい国の人たちも日本を心配してくれている。
それらの動画を見ていると、どうしても涙が出てくる。
自分の国を心配してくれている、想ってくれている事がとてもありがたい。

自分は日本が好きだ。
日本の自然、古い町並み、思いやりの心、民度の高さ、
日本はいい国だと思う。
だからこそ多くの国の人々も日本を心配してくれている。
自分は日本に生まれてきてよかったと思う。

それなのに、自分は社会に背を向け全てから逃げようとしている。
世界的に見て恵まれている国で生活しているにもかかわらず、不幸だど感じている。
そんな自分が情けなく、また涙が出てくる。

本当の幸せとは何なのか、生活のために仕事をするとはどういうことなのか、
何のために生きているのか、
今の自分には分からない。
頭の中がごっちゃになって訳が分からない。

ひとつだけはっきりしているのは、自分が情けなくどうしようもないという事だけだ。 

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◎全てがくだらないと感じ、全てに怯えている今 2012/4/5(木) 午前 1:26

今自分は本当に追い詰められている、そう感じている。

会社を退職した翌日から1泊で伊豆大島へ行ってきた。
趣味でこれまで毎年数回行なってきた車中泊の旅。
正直旅行する気分ではなかったのだが、以前から計画を立てていたので実行した。
有言実行、1度決めたら突き通すのが自分の信念。
しかし今回は危うかった、それだけ精神的にやられていた。
でももしかしたら、今を逃したら車中泊の旅をする機会はもう無いかも知れないと思った。
だから深く考えず旅行前日に船とレンタカーの予約をしてしまい、行かざるを得ない状況にした。

十分分かっていた事だが、心から楽しめるような旅にはならなかった。
何をしていても、どうしても仕事の事、これからの人生の事が常に頭の中にある。
少し寒くてあまりよく眠れなかった車中泊の時にも、退職したばかりの会社で仕事をしている夢を見た。
三原山山頂をお鉢巡りしている時も、これまでの人生を振り返り意味のあるものだったのかと自問自答を続けていた。
自分がこれまで仕事をして生活してきた事、趣味としていろいろ経験してきた事、全てが無意味でくだらないものだったのではないか、そんな事を考えながらの伊豆大島旅行だった。

あれだけ夢中になってやっていた車中泊の旅も、それを記録するHP制作も、今考えると何でそんなに夢中になっていたのか分からなくなってしまった。
自分が本当に楽しいと思っていたことが、価値の無いくだらないものになってしまうほど悲しい事は無い。
自分の趣味や生きがいまで自分で否定してしまったら、人間本当に終わりだと思う。

そして今はお遍路の準備をしている。
そこでひとつ気付いた事がある。
持ち物の準備に慎重になりすぎている、という事。
自分は基本的に何に関しても軽装主義で、計画はしっかり立てても持ち物は有り合わせで適当に済ませていた。
初めての車中泊旅行となった日本一周、初めての富士登山の時でも、持ち物に関してはロクに準備もせずに勢いで始めていた。
以前は自分に自信があったのだと思う。
それなのに、今回はあまりにも慎重になりすぎている事に気付いた。
きっと初めてやる事に対して過剰に心配しているのだと思う。
仕事がうまくいかず自分に自信が無くなっている事が、仕事以外にも影響しているのだと思う。
以前の自分だったら、とりあえず適当に有り合わせで準備して、後は現地調達すれば何とかなる、と考えたはず。
今の自分は全てにおいて自信が無く、全てにおいてうまくいかないのではないかと不安で、怯えている。
このままだと本当に人間失格になってしまう。

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◎何を考えても堂々巡り 2012/4/7(土) 午後 3:38

分かってはいる事だが
今の状況ではこれから先の人生の事を考えても答えなど出ない。
決していい考えなど出てこない。
それでもどうしても考えてしまう。

これから先の行き方について。
仕事の事、趣味や生きがいの事、親のこと、生きる意味、
考えても答えは出ず振り出しに戻る。
考えるほど頭が疲れるだけで無意味なんだ。

今自分がやるべき事、というか出来る事は、
お遍路準備をして出発に備える事と、お遍路に出る前に先日の伊豆大島旅行の旅行記を完成させること。
それくらいしかまともに出来ることが無い。
だからせめて出来る事だけをしよう。
余計な事を考えて余計に悩んではいけない。
今出来る事に集中しよう。

そう考えていた時に
2つ前に勤めていた会社の先輩からメールが来た。
主任に昇格したらしい。
皆毎日働いて前へ前へ進んでいる。
着実に人生を歩んでいっている。
それに比べて自分は…と、また考えてしまっている。

自分は自分の生き方しか出来ないんだ。
他人と同じような生き方は出来ないんだ。
自分が正しいと思うように生きるしかないんだ。

そう言い聞かせて余計な事を考えないように努力するしかない。
逃げでも言い訳でもなんでもいいから、今はそうして時間をやり過ごすしかない。
これ以上心に負担をかけてはいけない。 

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◎お遍路用品 2012/4/8(日) 午後 2:29

ネットで注文していたお遍路用品が今日届いた。

白衣・山谷袋・輪袈裟・納経帳・納札・経本・ローソクと線香・地図…
遍路笠と金剛杖はかさばるので、四国に着いてから購入することにした。

歩き遍路に最も重要だと言われる靴・ソックス・インソールの足回り、
次に重要なリュックもそろえてある。
野宿するための寝袋も買った。 

もう少しで荷物の準備は整う。
あとは購入した地図を見て巡礼の計画を立てて、出発するだけだ。

四国巡礼は、本当は定年を迎えてから人生の区切りとしてやろうと思っていた。
しかしこんなに早く人生の区切りが来るとは思わなかった。

辛い事の多い人生であったが、
普通はなかなか経験できないような事もいろいろやってきた。
自分が本当にやりたいと思ったことは最低限やってきたと思う。
今までの人生に悔いは無い。
そう思いたい。

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◎酒を飲んでも何ももたらさない 2012/4/9(月) 午後 3:18

昨日の夜は自宅で酒を飲んだ。
特別何があった訳ではないが、何となく酔いたい気分だった。
酔っている時は気持ちが明るくなり、いい気分になる。
酔っていても今の自分の状況を冷静に見ている自分が頭の片隅に残っている。
それでも、随分と軽い気持ちになる。
でも、翌朝起きたらそんな気分もすっかり消えている。
残るのは二日酔いと異様な喉の渇き、そして空虚感だけだ。
その空虚感のせいか、体に残ったアルコールのせいか、何もやる気が起きない。
あと少しで完成する旅行記の制作も、お遍路の準備・計画もする気力が無い。
結局、酒は飲んだその時だけ一時的に楽になるだけで、それ以外何ももたらさない。
酒代と酒を飲んで偽りの逸楽を感じている時間、そして翌日の空虚感を過ごす時間を無駄にしている。
本当に無駄なことをしてしまった。 

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◎まどろみの中で 2012/4/11(水) 午後 0:53

この頃朝起きた時の倦怠感が酷い。
目が覚めてもベッドから起き上がれず、
まどろみと目覚めを繰り返し1時間、2時間と時間が経ってゆく。
うとうとまどろんでいる間、何やら頭の中でいろいろな事を考えている。
何を考えていたのかはあまり思い出せない。
ただ、毎回考えている事がひとつある。
このままずっと起き上がらずに寝続けて居たいという気持ち。
意識がはっきりしない、心地のいいまどろみにずっと包まれて居たいという気持ち。
仕事もせず、誰とも会わず、何もせず、ベッドの中で延々と寝続けて居たい。
そして次に考える事は、
もしそうしてずっとベッドの中に居続けたらどうなるのかということ。
いずれ空腹に苦しみ寝ていられなくなるのだろうか。
それとも、空腹もさほど気にならず寝続けているのだろうか。
何日も寝続け、何も口にせず、いずれ起き上がる力も無くなり、そして餓死するのだろうか。
それは恐ろしい事なのか、幸せな事なのか。
就職活動をする気力も無く、簡単なバイトさえやれる自信が無い今の自分には、
まどろみの中で静かに消えてゆく事に魅力さえ感じてしまう。
でも、そうするのはまだ早い。
あと2年は無収入でも生活していけるお金が残っている。
それに来週から四国巡礼に出る。
そうすれば、少しは気持ちも変わるかもしれない。
早くこの家から出たい。
この狭い部屋に篭っていては、考えもどんどん狭くなっていく。
4月16日を出発の日に予定している。
もう少しの辛抱だ。 

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◎せめて、今の現状を文章に残すだけ 2012/4/12(木) 午後 7:01

無気力感、何もやる気が起きない。
今までで、ここまで何もする気が起きないのは初めて。
時間を潰す手段はいくらでもある。
まだ読んでいない小説が数冊ある。
レンタルして観てみたい映画もある。
YouTubeやネット上のくだらない書き込みをダラダラ見て時間を過ごすこともできる。
でも、それすらやる気が起きない。
ボーッとしたまま時間だけが過ぎていく。
これが引きこもりというヤツなのだろうか。

今の自分にはもう、お遍路をすること以外に行動の選択が無いのだと思う。
唯一自分が生き延びるための逃げ道なのだと思う。
そう考えてみたら、ひとつでも逃げ道が残されていてよかったと思う。
社会から目を背けた逃げ道であっても、生きる道筋があってよかった。

準備はもう整っている。
こんな状態なので、今すぐにでも四国へ向かいたい。
しかし出発日を決めたのにも理由がある。
ひとつは気温。
野宿もする予定なので、少しでも気温が高くなってから出発したい。
荷物を持てる量に限りがあるので、寝袋は薄手で衣類も最小限しか持てない。
それとスギ花粉。
自分は花粉症なので、花粉の飛散量のピークが過ぎてからがいい。
それらを考えると、早くとも4月半ばまでは待つ必要があると結論が出た。
気温も花粉もまだ十分とは言えないが、これ以上待つわけには行かない。
これ以上時間を無駄にすることは出来ない。

あと残り数日無駄な日々を過ごす事になる。
何もしない、何の意味の無い日々でも、せめてこのブログだけは出発まで書いていこう。
今自分に出来る事は、今の自分を文章にして残す事くらいしか出来ない。
このブログは、一体何のために書いているのか、今となっては目的を見失ってしまった。
少なくとも今は、他人からの同情・心配・救済などを求めて書いているわけではない。
ただ、こんな人間もいることを、残したいのかもしれない。
自分の存在を残したいのかもしれない。
正直今ははっきり分からない。
ただ、ブログに載せないにせよ文章は残したいので、分からないならついでにブログにも載せておこう。
今はそれでいい。

今日の残りは何をしよう。
何もせずに塞ぎこんでいるくらいなら、酒を飲んで束の間の「錯覚」に甘んじている方がいいかもしれない。
何もしないよりはいい。
明日はどうしよう。
遍路に出る前に残っている用事といえば、髪を短くする事と、洗濯をすることくらいだろうか。
納め札の住所氏名の書き貯めもしておこう。
万が一の時のために、自宅のスペアキーを実家に郵送した方がいいだろうか。
親にメールで現状と今後の事について伝えたほうがいいかもしれない。

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◎酔って気を紛らわすはずが、涙が出ていた 2012/4/13(金) 午前 0:40

無気力で何もする気が無かった。
それならと酒で気を紛らわし、ひと時でも気持ちを楽しにしようとした。
適当に酒とつまみを買って自宅で飲み始めた。
自宅で酒を飲む時はたいがい映画などの映像作品を見ているので、DVDを納めてあるラックから何を見ようか物色。
そして再生したのはとあるアニメ作品。
1話15分のショートストーリーが4話でまとまった、短い映像作品。
本当はハリウッド映画の派手なアクションやSFものを見るつもりだったのだが。

作品の舞台はとある小さな町、自分が一度行ってみたいと思っている実在する町。
この作品は何度見ても、郷愁感を覚え、優しい気持ちになれる。
そんな作品を酒を飲みながら見ていたら、酔うどころかセンチメンタルになり、涙が出てきてしまった。
やはり酒では自分の気持ちをごまかす事は出来ない。

自分はまだ生きたい。
生きてこれからも、綺麗な自然の風景や郷愁感ある町並みを見て歩きたい。
そして作品の主人公のように、思い出を写真に撮ってかたちにしていきたい。
自分の本音はそうなのだと思う。
だから涙が出てきたのだと思う。
そんなほんのささやかな幸せを幸せと感じ、生きがいと感じ、生きて行きたいと思っているのだと思う。
そんなささやかな幸せに満足できない自分、そんなささやかな幸せを得る事の出来ない自分、
情けなく、弱く、周りの影響を受け気にしていて、他人と比較してしまい、劣等感を感じてしまい、ビクビクしていて、
結果何をしても充実感を得る事ができなくなってしまった自分が、今の現状があまりにも惨めでどうしようもなく、ほんとうにやるせない。
そんないろいろな気持ちと、本当に自分が望んでいるものとのギャップの大きさに、涙が出てくるのだと思う。

何とかしたい、何とか自分を変えたい、自分を取り戻したい、社会に取り残されたくない。
自分の意思で、自分の努力で何とかしなければならない。
頭の中はいろんな思いが交錯して、考えもこの文章もまとまらない。
ただ、今はっきりとしていること、
あの町を優しい気持ちで歩きたい。
いつか今抱えているものを全て解決して、心を取り戻して、あの町を散策してみたい。
綺麗な町、綺麗な風景は、綺麗な心で見たい。 

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◎誰にも言えないということ 2012/4/13(金) 午後 11:28

来週からの四国巡礼に備え、髪を短くした。
これまで約6年通い続けている美容室があったが、そこへは行かなかった。
正確には、行けなかった。
毎回同じスタイリストに切ってもらっていたので、散髪中はいつも趣味や仕事の話などをしていた。
なので自分が転職した事も知っている。
しかし今回またその美容室へ行けば、3ヶ月で辞めてしまったことを言わなければならない。
先月末で会社を辞めた事は親にしか告げていない。
あまりに情けなくて友人にも誰にも話していない。
変に同情されたり気を使われるのも辛い。

お遍路をすることも親以外誰にも話していない。
このまま誰にも話さないまま出発するつもりだ。
誰にも話さないということは、誰にも見送られないということ。
少し寂しい気もするが、それでいい。
このまま誰にも気付かれぬまま、遍路に出て、帰ってきて、そして東京から離れた場所で暮らしたい。
人間関係も、住む場所も、リセットしたい。
正直友人達には、自分の事は忘れて欲しいと思っている。
身近な人と会えば自分とその人を比べてしまい余計に惨めなだけだし、
こんなどうしようもない自分の事は忘れて欲しい。
この先誰からも連絡が来ない事を望んでいる。
少し寂しいが、それでいいと思う。

散髪は1000円のQBでしてもらった。
安かろう、悪かろうだと思っていたが、上手に散髪してくれた。
ただし散髪のみ。
今まで通っていた美容室では、4500円でシャンプーと顔剃り、眉毛カットとマッサージまでついていた。
そう考えると安い。
しかし、今の自分には美容に4500円もかける価値は無い。
見た目などどうでもいいのだ、誰に会うわけでもないのだから。 

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◎子供の頃に思っていたこと、30歳を過ぎた今考えること 2012/4/14(土) 午後 11:55

中学生の頃から、大人になるのがイヤだった。
大人が嫌いだった。
大人になってもいい事は無いと思っていた。
結婚して家庭を持ちたいなどとも思わなかった。
自分以外の他人と生活する事が考えられなかった。
「若い」と言える年ではなくなった時点で、人生終わりだと思った。
自分の人生は30歳まででいいと、本気で思っていた。
それ以上生きていても意味が無いと思っていた。

自分が子供の頃からそんな悲観的な考えをするようになった理由。
それは間違いなく家庭環境にある。
子供の頃は家が嫌いだった。
親が嫌いだった。
自分の部屋にいて親の声が聞こえてくるのがイヤで仕方なかった。
食事中は無言だった。
まれに話をすると、口喧嘩になった。
何を話し合っても意見が合わなかった。
親は子供の気持ちを理解し、尊重するということは一切無かった。
だから自分も親の気持ちを理解する気も無かった、できなかった。
そういう環境の中で育っていった。

親を憎み、大人を嫌い、家庭というものがうとましかった。
1人暮らし始めた時、仕事から帰宅して誰もいないシンとした部屋が心地よかった。
親もいない、誰に声を掛けられる事も無い、誰もいない空間が自分には心地よかった。
寂しいと感じた事は一度も無かった。
1人が一番いいと感じた。

そして気が付いてみれば、子供の頃に決めた人生のタイムリミットはとっくに過ぎていた。
実際に30歳になってみて、思っていたよりも年ではないと思った。
30代前半はまだ「若い」と言えると思った。
しかし、結局その先はまだ見えない。

今自分は何を望んでいるのか、本当はどうしたいのか、正直はっきり分からない。
表向きは人生の活路を見出し、定職に就いて、社会人として頑張って行きたい、そういう思いがある。
その一方で、子供の頃から引きずり続けている、自滅的な考えも尾を引いている。
自分の生活を守ろうとする保守的な考えと、諦めようとしてる自滅的な考えの両方がある。
今は就職難による精神的負荷が大きく、自滅的な考えの方が大きい。
その結果、四国巡礼という楽ではない逃げ道を選んだのかもしれない。

長期間の転職活動を経てやっと入社した会社を3ヶ月で辞める結果となった。
普通ならば退職後すぐにでも就職活動を始めるものだ。
職歴、無職期間、残りの貯金額を考えれば、もう気分転換などしている余裕は無い。
それなのに今からお金も時間もかかる歩き遍路をしようなどとは、普通じゃない。
でもそれによって活路が開けるのではないか、今より生きようとする思いが強くなるのではないか、
そんな期待もかすかにある。

人が社会人として生きていくには、年と共に心も成長していかなくてはならない。
自分はその成長が何処かで止まっているのだと思う。
四国巡礼を経て、心の成長を再起動することができれば、少しでも前へ前進できれば、
まだ手遅れではないような気がする。 

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◎不安 2012/4/15(日) 午後 4:26

いよいよ明日出発となった。
前日になって不安な気持ちが出てきた。
心がざわめいて落ち着かない。

無事八十八箇所まわりきることができるだろうか、
留守中自宅は無事だろうか、
お遍路をして活路を開く事ができるだろうか、
帰宅後、本当に東京を離れてしまうのだろうか、
再び仕事に就き社会人復帰できるだろうか…

いくつもの不安があるが、一番の不安はやはり社会復帰できるか。
現状は全く自信が無い、社会がこわい。
自分は変わることができるのか、全くわからない。

先ほど荷物の最終チェックを済ませた。
これから100円ショップへ行って、数点の商品を買って本当に準備完了。
荷物はどれくらいの重さなのか、量りが無いのでわからないが、
野宿も考えている歩き遍路にしては少ないと思う。
間違いなく不十分だ、でもそれでいい。

明日から暫く部屋を空ける事になる。
今日は朝起きてから、洗濯・掃除・布団干しをした。
部屋も片付けた。
あとは家を出るときに全てのコンセントを抜くだけだ。
今唯一自分の居場所である狭く何も無い部屋。
暫くさようなら。

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◎出発の時間 2012/4/16(月) 午前 6:34

少し寝坊してしまった。
夜遅くまで遍路地図を見て計画を練っていたら寝るのが遅くなってしまった。

昨日の時点で徳島の天気は曇りのち雨となっていたが、
曇りに変わっていた。
雨でも関係ない、遊びに行くわけではないのだから。

これから出発。
多くの不安を抱えての出発。
どうなるのか分からない。
僅かにでも、何かを得られることを願う。