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四国遍路ひとり歩き同行二人 2012年4月16日〜5月18日

2010年10月に四国一周の車中泊旅行をした時に、お遍路さんが歩いているのを何度も目にし、お遍路さんと話をする機会もあり、歩いて四国を一周する四国参りというものに関心を持つようになる。歩いて四国八十八箇所をまわるには40〜50日かかると言われ、体力的・精神的にも大変なものだと感じたが、生きているうちにいつか、定年後にでも挑戦してみようかと考えていた。

そして2012年4月、不本意ながら四国参りをする時は突然やってきた。経緯については諸事情によりここで説明するのは控える事にするが、まさかこんなにも早く四国遍路をすることになるとは、それまで全く考えていなかった。

四国遍路と言っても、近年は自家用車や交通機関を利用したり、ツアーで観光バスを利用した遍路参りが圧倒的に多く、全て歩きで遍路参りをする人はほんの一握りという事実を初めて知る。自分が四国遍路をする理由は精神修行や活路を開くためなので、乗り物は一切使わず全て歩きで通す昔ながらの遍路参りのスタイル。足には少々自信があるが、数十日間毎日歩き続ける事がどれほど体に負担を与えるのか全く想像もできない。それだけに遍路歩きについての知識をしっかり身につけ、出発に向けての準備を十二分に整えるため、主にインターネットで情報収集をし、リュックや靴などのアウトドア用品やお遍路に必要な参拝用具等を購入し、出発に備える。

 

◎遍路参りの用語をいくつか紹介

弘法大師(空海)

西暦816年に四国八十八ヶ所霊場を開創した人。42歳(厄年)の時に自身の修行の場であった四国にて、国の安泰・人々の災難を除き繁栄を願い開いたのが四国霊場。

同行二人

(どうぎょうににん)

巡礼者はいつも弘法大師と共に行動をしている、弘法大師が見守ってくれているという意味。

札所

四国八十八箇所の各寺の事を札所と言う。昔巡礼者がお寺に「お札」を打ちつけたことに由来。

番外札所

八十八箇所以外で弘法大師にゆかりのある寺。20箇所ある。

打つ

お遍路が札所を巡拝する事を「打つ」と言う。昔木製や金属製の札を本堂や大師堂の柱や長押に打ち付けた納札の慣習が由来。

順打ち

一番札所から二番、三番… 十五番札所から十六、十七… というように、小さい番号から大きい番号へ順番に巡拝する、時計回で四国参りすること。

逆打ち

順打ちとは逆、八十八、八十七、八十六… というように、大きい番号から小さい番号へ巡拝する、反時計回りで四国参りすること。閏年に逆打ちをすると功徳がある、順打ちの三倍のご利益がある、などと言われている。
打戻り 来た道を戻る事。27、38、45番札所など。
打ち止め その日の巡拝を終えること。

通し打ち

八十八箇所の四国参りを一回でやりきる事。

区切り打ち

八十八箇所の四国参りを何回かに分けてやる事。普段仕事をしている社会人が休日だけ巡拝したり、通し打ちの予定が途中で体調を崩し、1度自宅に帰り療養してから再開する場合など。

結願(けちがん)

四国八十八箇所全ての巡拝が終る事。満願とも言う。
お礼参り 全札所を巡拝した後に、打ち始めの札所に戻る事。

高野山参り

(こうやさんまいり)

結願したお遍路が巡拝の無事と結願のお礼を弘法大師に報告するため、高野山の奥の院へ参拝に行く事。弘法大師は高野山奥の院で眠っている。高野山は和歌山県北部にある。

 

上の地図が実際に歩いた軌跡。1日目・3日目・5日目…の奇数日目を茶色の線で、2日目・4日目・6日目…の偶数日目を緑色の線で、お礼参りをした最終日をオレンジ色の線で表示。一番札所から順打ちで巡拝して行き、八十八番札所で結願後、お礼参りで一番札所へ戻り一周するかたちにした。四国参りの打ち始めは何処の札所からでもよいのだが、やはり一番から始めたいというのが大多数で、もれなく自分も一番札所からのスタートとなった。また、お礼参りも必ずやらなければいけないというわけではない。ただこれも人間の心理的に「一周して輪にしたい」という気持ちが働くらしく、結願後にお礼参りをする人が多い。

総歩行距離は、遍路地図を参考に計算した結果1,165.6kmと出た。約1,200km。1日の歩行距離が最も長かったのは巡礼15日目で、約55kmも歩いた。

結願・お礼参りを終えた後に高野山参りをするお遍路が多いが、自分には宗教心というものは無く、あくまでも四国八十八箇所を歩きで通し打ちで結願することが目的だったので、高野山参りはせず。ただいつか、四国遍路の経験が人生において本当に功徳をもたらすものであったと実感できたなら、その時に高野山参りをしようと考えている。