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6:00起床。寝心地のよいベッドで寝たのでぐっすりと眠ることができた。自宅ではベッドで寝ているので、旅館や民宿の布団よりもやはりベッドの方がよく眠れる。寝慣れた自宅のベッドと低反発枕が恋しい。管理人さんに見送られ6:20出発。怪しい曇り空だがとりあえず雨は止んでいる。 |
あっ!って何が? |
これは昨日見えた山? |
よく寝て疲れは取れたはずなのだが、足がやたらとだるくて歩くのがしんどい。リュックを背負う肩もすぐに痛くなり、荷物の重さが負担に感じる。朝だからまだ調子が出ないだけだろうか。昨日の午前中のような精神疲労は勘弁して欲しい。途中から時折小雨がぱらつくようになり、本降りにはならない事を願いつつ淡々と札所へ向けて歩く。 |
ゲストハウスから約1時間歩いて第七十七番札所の道隆寺に到着。…特に文章が思い浮かばない。今更だけど参拝のおさらいでもしよう。山門の門前で合掌し一礼、境内に入って水屋で身を清める、鐘楼堂で鐘を突いてから本堂、大師堂の順でお参りをする。最後に納経所で御朱印と墨書をもらう。巡礼を始めて間もない頃は恥ずかしさとたどたどしさのあった参拝も、すっかり様になった、と思う。 |
第七十七番札所 道隆寺(どうりゅうじ) 山門 |
道隆寺 本堂 |
道隆寺 大師堂 |
歩き始めて2時間を過ぎてもどうも調子が出ない。昨日ほどではないが、先へどんどん進んでいこうという前向きな気持ちが湧かない。冴えない天気のせいか、景色の映えない市街地の大通りを歩いているからか、巡拝30日の長旅で疲れが溜まっているからか、それとももうすぐ四国遍路が終わる事を心の底で拒んでいるのか… |
街の大通りを歩く |
七十八番へ向かう |
道隆寺から約7km歩いて第七十八番札所郷照寺。相変わらず気分は乗らず、大して歩いてない割りに妙な疲労感。参拝をする前にベンチに腰掛けひと休み。それから手短に参拝を済ませてまたひと休み。便意をもよおしたのでトイレに行ってからさらにひと休み。もうずっと休憩していたい… |
第七十八番札所 郷照寺(ごうしょうじ) 山門 |
郷照寺 本堂 |
郷照寺 大師堂 |
境内には万躰観音洞というものがあり、入り口の階段を下りて地下に入ると、黄金の小さな観音像が無数に並べられた回廊がある。これは壮観。全国の信者が奉納したもので、約30,000体あるらしい。 |
万躰観音洞入り口 |
万躰観音洞の地下回廊 |
観音小像がびっしり |
高台にある郷照寺の境内からは瀬戸大橋が見える。あの橋を電車で渡って四国に入り、徳島県の第一番札所霊山寺に行ったんだよなぁ、と思い返す。瀬戸大橋を目にして、本当に四国遍路があと僅かなのだと実感。四国遍路を終えたらまたあの橋を渡って東京の自宅に帰るんだなと思うと、感慨深い思いでいっぱいになる。 |
無料で宿泊できる善根宿は沢山あるが、特に評判の良い善根宿が郷照寺のすぐ側にある「うたんぐら」。うたんぐらは有料だが、1000円で豪華な朝食と弁当代わりのおにぎりがついて、宿泊施設として設備も整っていてとてもいい宿だと、利用した複数のお遍路さんから聞いていた。なので自分もうたんぐらに宿泊したいと思っていたのだが、宿の前を通りがかったのが10:00。いくらなんでも午前中に打ち止めして宿に入るのは早すぎる。ということで仕方なくうたんぐらは諦める。残念… |
ほとんどシャッターの閉じた商店街 |
遍路道になっているアーケード商店街の中に入ると、ほとんどの店のシャッターは閉まっていて人通りもほとんどない。こういう光景はこれまで何度か目にしてきたし、前日に宿泊したミカサスカサで談話した時にも、四国の過疎化の話題でこのような衰退した商店街が多いという話を聞いた。このような商店街を「シャッター通り」と言うらしい。四国の街の空洞化は本当に深刻のようだ。 |
街中を歩いていたらおじいさんに声を掛けられ、みかんのお接待。その人は若い頃東京で高校の教師をしていたとの事なのだが、とにかく話が長かった。若い時は辛抱が大事だとか、高校の教師は楽だったから学校の教師になれだとか、いろんな話が出てきて終わる気配が無い。そこに知人?のおばあさんがやってきてやっと話が途切れる。おばあさんからも200円のお接待。四国の高齢者はお遍路の事を気にかけてくれる人が本当に多い。おじいさんはおばあさんに話しかけ始めるが、おばあさんは急いでいるらしく何やら文句を言って去ってしまう。そしてまたおじいさんの長い説教が始まる… |
第七十九番札所高照院に11:30到着。前日29日目の遍路記で、「〜院」とつく札所は第六十八番札所の神恵院だけだと書いたが、第七十九番札所も「院」がついていた。しかし山門前にある石標には「天皇寺」と刻まれている。ちょっと調べてみると、「山号を金華山、院号を高照院と称し、天皇寺高照院とも呼ばれる…」とある。なるほど、よく分からない。 |
第七十九番札所 高照院(こうしょういん) 山門 |
高照院 本堂 |
高照院 大師堂 |
遠景は視界不良 |
昼頃には朝の気だるさはだいぶ回復し、マイペースで先へ進む。空模様の悪化は進み、周囲の景色が霞んでしまうほどに。そして13:00前からとうとう雨が降り出す。雨量はさほど多くないので、レインウェアは着ずにそのまま歩き続ける。しかし途中から本降りの雨に。さすがにレインウェアを身に付けたいところだが、道端で雨に濡れながら着るわけにも行かず、とりあえず雨宿りできる場所はないか探しながら歩くが、町外れの国道沿いには店も雨宿りできる軒下も無く困る。 |
ふと横道のすぐ先に小さな建物が見え、行ってみると小さなお堂。雨宿りさせてもらいレインウェアを白衣の上から着る。すでに衣服はだいぶ濡れてしまったが、まだ暫く歩き続ける予定だし、いつ雨が止むかも分からない。レインウェアを身に付けていてもやはり雨中を歩くのはイヤなので、止んではくれないかと少し待ってみるがその気配は無く、時間が勿体無いので諦めお堂を出る。これまで何度か本降りの雨の中を歩いてはいるが、慣れるものでもなく出来れば避けたいもの。ほんの小雨程度なら炎天下の中を歩くよりは楽でいいのだけど。 |
お堂で雨宿り |
雨の中をひたすら歩く |
次の札所の第八十番までは国道を歩けば着くので問題ないが、その次の第八十一番札所は山の上にあり、八十番からずっと山道を登っていかなくてはならず未舗装の道もある。しかも未舗装の部分は結構キツイという情報を得ていた。周囲の山々には雲が下りてほとんど見えず、雨天で視界不良の中そんな山道を歩くのは危険。無理して足を滑らせ怪我でもしたら元も子もない。多少無理しても出来るだけ先へ進みたいという思いがある一方、第八十番で打ち止めせざるを得ないかもしれないと考え始める。 |
第八十番札所 国分寺(こくぶんじ) 山門 |
国分寺の境内 |
第八十番札所国分寺に13:50到着。本降りの雨の中の境内は人影が無い。参拝を済ませ納経所で雨宿りさせてもらい、これからどうするかを考える。次の札所までは約6.5kmの山登り。雨の中歩いて納経所が閉まる17:00前までにたどり着けるか微妙。未舗装の険しい道がある点も心配。しかし昼過ぎに打ち止めというのは時間が勿体無い。でも雨天の山登りはやっぱり危ない…迷いに迷い、やはり危険は回避するべきだということで、国分寺で打ち止めすることに。国分寺のすぐ側にある遍路宿の旅館に電話してみると、部屋の空きがあったので予約し向かう。14:00過ぎの打ち止めということで、結局25kmしか歩くことができなかった。 |
国分寺 本堂 |
国分寺 大師堂兼納経所 |
程なくして旅館に到着。玄関で出迎えてくれてた女将さんにレインウェアを脱ぐよう促され、濡れたレインウェアとリュックのレインカバーを物干しに干してくれる。雨の染み込んだ靴には新聞紙を入れてくれた。入浴の準備ができているとの事で、荷物を部屋に置いて直ぐに入浴。洗濯もしてくれるというので、着衣を脱衣所の洗濯籠に入れて浴室に入る。歩き疲れて宿に辿り着いたお遍路にとってこのようなもてなしは本当にありがたい。 |
えびすや旅館 |
宿泊する部屋 |
入浴後は部屋でテレビを見ながらゴロゴロ。毎日夜まで歩いている中で、たまに宿でゆっくり過ごす時間が贅沢に感じられる。夕方になり小雨になったところで、夕食後のつまみを買いに外に出る。翌日に向かう札所があると思われる山は雲が掛かり霞んでいる。やはり無理して行かずによかったと思うと同時に、翌朝は晴れて安全に山登りができるのか心配になる。天気は回復しても未舗装の地面はぬかるんだり滑りやすくなっている可能性もある。四国八十八箇所結願まであと少し、ここまで来て怪我などで断念したくない。 |
札所はたぶんあの山の上 |
18:00から夕食。数人のお遍路さん達と会話をしながらのんびり食事。その後は自室で荷物整理や納め札の書き溜めなどをして、一段落ついてからお酒を飲みながらくつろぎタイム。昔の敬虔なお遍路さんは巡礼中に飲酒などしなかったかも知れないが、たまにはいいでしょ?野宿で震えながら寝る夜もあればほろ酔いして暖かい布団で寝る夜もある、本当に苦楽の目まぐるしい遍路旅だなぁ、と。のんびりとした時間を過ごし22:00就寝。 |
旅館の夕食 |
くつろぎタイム |