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撮影期間:2006年秋〜2011年春

何となくレンタルした戦後東京の風景映像集ビデオ。その映像の中には、東京の道路を縦横無尽に走る都電(路面電車)の風景が度々映し出され、それが戦後の東京のイメージとしてとても印象に残った。それがきっかけで都電に関心を持つようになり、現在の都電が走る街の風景を見てみたくなったのが始まり。

現在東京都内を走っている都電は、早稲田〜三ノ輪橋を走る都電荒川線の一路線のみ。線路は荒川区・北区・豊島区・新宿区の四つの区をまたぎ、全30駅ある12kmの区間を約50分で運行。実家の近所の池袋にも通っているため、子供の頃から交通手段として何度も利用している馴染みのある乗り物。今度は都電そのものと都電の走る街並みを楽しんでみようと思い、暇な時にカメラを持ち出し散歩がてら都電沿線を歩いて撮影するようになった。

 

都電荒川線 路線図

 

都電の車種

2011年10月現在運行している都電の車種は、7000形・8500形・8800形・9000形の4種類。

7000形

7000形旧カラー

最も多い7000形には、昭和50年代のカラーリングを復活させた黄色い車両が1両だけある。

8500形

ラッピングカー

ラッピングカーも沢山走っている。自分が小さかった頃には無かったと思われ。個人的に都電のある風景の風情を壊してしまっているようで好きになれない…なのでラッピングカーは極力避けて撮影。

9000形 9001号車

9000形 9002号車

2007年5月に14年振りの新型車両として9001号車を導入、2009年1月には9002号車を導入。昔懐かしい路面電車を思わせるレトロなデザイン。

8800形 ローズレッド

8800形 バイオレット

8800形 イエロー

8800形 オレンジ

2009年4月には、グリーン電力で運行するローズレッドカラーの8800形を2両導入。8800形はデザインもメカニズムも最先端の車輌。2010年10月にはバイオレットカラーの車両を2両追加。さらに2010年12月にはイエロー、オレンジの車両を1両づつ追加。

7500形

7500形 阪堺カラー

7500形車両は2011年3月で運行を終了。昭和37年に製造後、時代のニーズに合わせながらワンマン化や冷房化を行い、長期間運用された車両。2010年6月から阪堺電車との「PR相互乗り入れ」として、阪堺電車の昭和40年代のカラーに塗装された7500形が1両運行された。

旧6000形(飛鳥山公園)

旧6000形(荒川遊園地)

都電荒川線沿線には、現在は走っていない旧車両が展示されている公園などが何箇所かある。個人的には7000〜8500形のようなデザインよりも、飛鳥山公園にある旧6000形のような、古き良き時代を漂わせるデザインの方が路面電車らしくて魅力を感じる。外側のデザインだけでも旧車両を模った都電を造って走らせれば、都電人気がもっと上がるのではないかと思う。

 

都電の車内

ICカードにも対応した運賃支払機

都電は運転士のみのワンマンで、利用方法は一般的なワンマンバスと同じ。前方のドアから乗車し、運転席横の運賃支払機にお金を投入。車内には停車駅や沿線商店案内の録音アナウンスが流れ、降りたい駅で降車ボタンを押して車両後方のドアから降車。運賃は大人160円、子供80円の均一運賃。お得な一日乗車券は400円で、運転士から直接購入する事が出来る。ちなみに路面電車の事を「チンチン電車」と言うように、駅を出発する時に「チンチンッ♪」とベルが鳴る。走行音も路面電車独特なもの。懐かしい音が車内に響く。

普通の電車よりも車両の幅が狭く車内も広くないので、乗客が多いとあっと言う間に満員になってしまう。連休中や沿線で桜や紅葉の見頃の時期は特に混雑。車内が満員になると駅に着いても乗車ドアを開けず、運転士が「次の電車にご乗車願います」と停留場で待っている人にアナウンスして発車する事もある。

運転席は国産乗用車と同じ右側にある。確か普通の電車は左側。道路を車と一緒に走る併用軌道での運転を考えて、車と同じ右側運転席なのだろうか。運転席は左右から覗けるので、都電の運転風景を眺める事ができる。

 

都電の停留場

道路を挟んだ上下線の停留場

やたらと細いホーム

基本的に都電の停留場は上りと下りのホームが独立していて、道路を挟んで設置されている場所が多い。ほとんどのホームは細く、駅と言うより「停留場」と言ったほうが自然。一部の停留場には、都電の位置を知らせる電光掲示板が備え付けられている。

都電の位置が分かりやすい電光掲示板

停留場で都電が3台詰まる

連休で天気のいい日や桜や紅葉が見ごろの時期は、混雑で乗客の乗降に時間がかかりダイヤが大きく乱れ、停留場で都電が「渋滞」することも。

 

都電の歴史を超簡単に説明

明治36年(1912年)、民営三社による東京初の路面電車が開業。その後東京市が買収し、大正から昭和初期にかけて路線が拡大されて行き、東京の主力交通に。関東大震災や第二次世界大戦で壊滅的な打撃を受けても、その都度懸命な復旧作業により復興され、昭和20年代には都電最盛期を迎える。しかし昭和30代に入ると、高度経済成長期と共に車が急増し、都電は道路渋滞の発生源に。そして昭和47年11月、現在唯一運行する都電荒川線を除いた全線が廃止。荒川線は線路の大部分が専用軌道であった事と、沿線住民の強い存続要請があった為に奇跡的に残された。

…かなり凝縮して大体そんな感じ。