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その1  1日目〜2日目朝

 

予約した博多港発のフェリーの出航時間は20:35。自宅から博多港までの道のりは約320kmで、そのうち約300kmが高速道路を走行。途中の休憩などを考慮して4時間半前後掛かると想定し、余裕を持って出航の1時間前に博多港に着くよう15:00に自宅を出発。旅行1日目は夜勤明けで帰宅したのが8:00で、睡眠は11:30〜14:30の3時間しか取れなかった事もあり、体がだるくてイマイチ気分が上がらず。半年前からずっと仕事が忙しく、年齢的にも夜勤の週が近頃特にしんどい。そんな仕事疲れを癒すために心身をリフレッシュするのも、今回の壱岐島旅行の目的のひとつ。

自宅を出てから外は断続的に強い風が吹いていて、途中高速道路のSAに寄った時に、車のボディーに黄砂が付着して汚れてる事に気付く。GWは中国から黄砂が飛散する時期と重なり、西日本はその影響を大きく受けるのがネック。過去のGW中の車中泊旅行でも、黄砂の影響で視界不良となり景色を満足に楽しめなかった事が何度かあるので、今回の壱岐島旅行でも黄砂の影響を受けるのではないかと心配になる。

博多ポートタワー

終始高速道路の流れは良く、途中何度か休憩しつつマイペースで走って19:20に博多港に到着。フェリーターミナルの向かいには博多ポートタワーが建っていて、鮮やかなライトアップが妙に目立つ。フェリー待合所の窓口で乗船手続きを済ませ、往復の乗船券を購入。車長4m〜5m未満の車両と搭乗者1名(2等船室)込みで、往路の博多港発壱岐島郷ノ浦港行きが\15,570、復路の壱岐島印通寺港発唐津港行きが\9,800。

乗船手続きを済ませたら車を車両乗船口へ移動。船は入港していると勝手に思っていたがまだだった。乗船口に停めた車の中で暫く待機し、そして20:00頃にフェリーが入港。載せている車を下ろした後に、郵送物の入ったコンテナなどを係員がフォークリフトで慌しく積み下ろしして(その関係でフェリーの写真を撮れなかった)、全ての荷が降ろし終わってやっとマイカーを載せる順番。乗船口での待ち時間が長くて疲れた、と言うか博多港の到着が少し早過ぎた。まぁ時間に余裕が無くて慌てるよりはいい。

フェリーにマイカーを載せる

出航前のフェリーからポートタワーを眺める

2等船室は長距離フェリーお決まりの雑魚寝タイプ。乗船客は思っていたよりも少なく、足を伸ばして寝られるスペースを余裕で確保。それから定刻通り20:35に出航。壱岐島到着は22:55で乗船時間は2時間半弱。その間睡眠を取ろうと横になるが、床下から響くエンジン音と振動が大きくてなかなか寝付けない。おまけに波が荒れているようで時々激しい振動もあり、とても安眠できる状態ではなかった。

2等船室の様子

雑魚寝スペース確保

壱岐島南端の西寄りにある郷ノ浦港に23:00到着。そして翌朝一番に観光する、壱岐島東海岸の八幡半島突端にある左京鼻へ向かう。当初の予定では八幡半島の直ぐ側にある芦辺港に入港するフェリーを利用するつもりだったので、壱岐島上陸から左京鼻まで約7kmの道のりだったが、別の海運会社の郷ノ浦港に入港するフェリーに変更した関係で、左京鼻まで約15kmと倍の道のりになってしまった。と言っても時間的に町中でも車の往来はほとんど無く、安全運転でゆっくり走っても20分ほどで左京鼻に到着。旅行1日目は自宅から壱岐上陸までの移動で終了。

乗船したフェリー

八幡半島の細道を進む

壱岐島に着いても相変わらず強めの風が吹いていて、左京鼻駐車場を囲む木々のざわめきが大きい。窓を閉めた車内なら気になるほどではなく、車が揺れるほどの強風でもないので就寝への影響は無し。ただ、この風が翌日の観光に影響しないか、黄砂が飛んで視界不良にならないか不安が残る。暗闇に包まれた駐車場には1台の軽自動車が停まっていて、2人の男性が車の隣にテントを設営しているところだった。テントは設営も撤去も手間ヒマ掛かるし、荷物が多くなるので旅行前の準備も帰宅後の後片付けも面倒だ。自分は車内に寝袋とエアーマットを敷くだけで就寝の準備完了、楽チン。

車中泊は荷物も手間も最小限で済むのでお手軽。寝袋を利用するようになってからの車中泊旅行は今回が6度目で、それ以前は運転席をリクライニングするだけの簡易車中泊の極みを長年貫いて来た。自分にとって車中泊という行為は、キャンプのように楽しむ「目的」ではなく、手間を掛けずに睡眠をとるための「手段」なので、できるだけシンプルにして観光や移動に多くの時間を割り振りたいという考え。40歳を過ぎてもその辺の考え方はまだ若い。定年後はミニバンを買ってDIYで快適な車中泊仕様にして、のんびり車中泊旅行をしたいとも考えているが。そんな事を考えながら0:30頃就寝。

左京鼻駐車場で車中泊

左京鼻

(さきょうばな:芦辺町諸吉本村触)

早朝の左京鼻駐車場

左京鼻から朝日を見られる事を期待して、日の出時間より20分早い5:10起床。外は相変わらず風が吹いていて、強風と黄砂に悩まされた隠岐の島旅行の苦労が蘇る。駐車場から歩いて海を見渡せる丘の突端へ向かうも、風が強くて寒いので途中で駐車場に引き返し、こんな事もあろうかと用意しておいた上着を羽織って再び丘へ。

丘の上で海を眺めながらしばし日の出を待ち、5:30過ぎに水平線の上に広がる雲の後ろから太陽が姿を現す。毎度のごとく水平線から顔を出す太陽はなかなか見られない。まぁそれでも期待通り朝日のある綺麗な風景を見ることが出来たので満足。旅の始まりに朝の始まりを告げる太陽を見ると気分も高まる。それと久しぶりに耳にする外海の波音が心地いい。普段は瀬戸内の穏やかな内海だけなので。

左京鼻から見る朝日

芝生の広がる左京鼻の丘は断崖絶壁の上にあり、その突端には紅い鳥居があり「左京鼻龍神」と書かれてある。左京鼻がどんな場所なのかよく分からないまま訪れたが、海蝕断崖が1km続く景勝地らしい。まぁ詳しい事は知らなくてもいいのだ、景色さえ良ければ。ともあれ、非常に心配だった黄砂による視界不良はないようで、遠くまではっきりと景色を見渡す事ができて安心した。

丘の突端にある左京鼻龍神

左京鼻龍神から眺める朝日

鳥居の建つ断崖突端を眺める

風が強くて断崖の隅に立つと足がすくむ

海岸には柱状節理という、名前の通り柱のような形をした岩礁が広がっている。海岸の側に浮く特徴的な岩は左京鼻のランドマーク的な存在の「観音柱」。伝承では島が流されないように神様が造った8本の柱のひとつらしい。観音柱には鳥がよく止まるので、岩の上の方が糞で白くなっている。

柱状節理の岩礁

観音柱

何だかとても絵になってる

屏風岩

(びょうぶいわ:芦辺町諸吉本村触)

風に吹かれっぱなしで左京鼻に30分もいたら、目がかゆくなってシュパシュパ。もう十分だと駐車場に引き返して車を出し、八幡半島突端の北にある左京鼻から半島突端南へと続く細道に入る。これが結構な狭小道路で両脇は草木の壁に囲まれていて、対向車が来たら絶対に離合不能な道。早朝からこんな道を通るのは自分だけだろうと思いつつ、対向車が来ない事を祈りながら運転。途中のT字路で横道に入って狭小道路を抜けることも出来たが、せっかくなので南端まで進んで半島をぐるっと一周しようと、余計な事を思いつく。そして南端まで進むと「屏風岩 波光きらめく果て ロケ地」と書かれた展望地にたどり着く。

八幡半島突端の狭小道路

八幡半島突端南にある屏風岩展望地

屏風岩〜と書かれた場所からは、湾を挟んで八幡半島の南向かいにある壱岐の陸地や、それより東に浮く小島がいくつか見える眺め。そして肝心の屏風岩とはどれの事かと周囲を見回すが、案内板は設置されておらずさっぱり分からない。遠くに灯台が建つ小島がふたつ見えるので、きっとそのどちらかが屏風岩だろうと思うことにした。

八幡半島の南向かいを眺める

灯台の建つ小島が前後に重なって見える

次の目的地へ向かおうと引き続き狭小道路を進み始めて直ぐに、草木が舗装路の上に思いっきりはみ出して道幅が更に狭くなっている場所が。これは確実にボディーに擦る事になる。直ぐ手前にあるT字路でUターンしようと試みるも、道幅が狭すぎて厳しいので諦める。もう前進あるのみ。まぁどおせ中古で安く買った車だから少しくらいキズがついてもいいさと割り切り、しかし最徐行で草木の接触を最小限に抑えて通過。行く手の分からぬマイナーな狭小道路を走るなら、多少キズが付いても気にならない車じゃないとダメだと思った。そして何より車幅の狭い車の方がいい。プリウスでも狭小道路では大きい。

これ絶対ボディーに当る…

旅行記制作時に屏風岩について調べたところ、展望地の眼下にある海岸の岩場の事だった。何だよそれーっ。それと「波光きらめく果て」というのは1988年に公開された映画だった。当時自分は10歳だったが、昔も今も耳にしたことの無い映画だ。出演者はなかなか豪華だったがヒットしなかったのかもしれない。

はらほげ地蔵

(はらほげじぞう:芦辺町諸吉本村触)

堤防の外にあるはらほげ地蔵

狭小道路を抜けて漁村に出て、漁港沿いの道路を端っこまで進んで目的地のはらほげ地蔵に到着。海上に6体の地蔵が並んでいて、満潮時は地蔵の胸まで海に浸かるというもの。で、訪問時は干潮で地蔵が立つ台座部分まで海面から出ていた。干潮時なら堤防の外にある橋を渡って地蔵の元まで行けるのでツイてるなと一瞬思ったが、よくよく考えてみれば満潮時で海に浸かっている時の方が風情ある光景に違いない。

地蔵はかなり古そうで風化している感じだが、立派な造りの台座部分や陸地と台座を繋ぐ橋は割と新しい様子。インターネットではらほげ地蔵の写真を検索していたら、橋が無く完全に海に孤立している昔の写真を発見。現在は干潮時なら気軽に地蔵の元へ行けるので管理面でも楽だと思うが、絵的には完全に陸から孤立している昔の方がいい。

台座はいろんな石が使われていて凝っている

コロナウイルスが早くおさまりますように

観光時は全く気にしなかったが、「はらほげ」という名前の由来は何なのか後から調べたところ、地蔵の腹が丸くえぐられているから、という事だった。紅い前掛けをめくるとコイン大の非貫通穴がある事もインターネット上の写真から確認。お供え物が波で流されないように固定するための穴だったらしい。さらに、地蔵の頭は昔暴風雨で倒れたときに折れてしまい、現在の頭は丸石を乗せてセメントで固定したものだった事も後から知る。事前の情報収集不足を反省。

干潮時なら地蔵と一緒に並んで写真を撮れるゾゥ

金刀比羅神社

(ことひらじんじゃ:芦辺町諸吉南触)

はらほげ地蔵から海岸沿いの道路を西へ向けて進む。次の目的地は干潮時にだけ島へ渡る道が現れる小島神社。はらほげ地蔵では干潮だったので、タイミング的に島へ渡れそうだと期待して車を走らせていると、前方に長い橋が見えてきてその手前に鳥居の建つ小島が。一瞬目的の小島神社かと思ったが、見た目も全く違う別の神社だった。

海岸沿いの道路を進む

鳥居の建つ小島発見

せっかくなので偶然見つけた小島に立ち寄り。砂浜の上に陸と島を繋ぐ短い参道が造られていて、参道入口に建つ鳥居には「金刀比羅神社」と書かれてある。島のまん前にある鳥居は手前の鳥居と比べてかなり古い感じで、手前の鳥居と参道はずっと後に造られたように見える。この島に立ち寄ったのも干潮時に違いないが、満潮で海面が上がっても2つの鳥居の間にある参道は沈まず歩いて渡れそうな感じ。

ひとつ目の鳥居

ふたつ目の鳥居

2つ目の鳥居をくぐって島の階段を上がると小さな社殿が建っていた。周囲を木々に囲まれているため外の眺めはほとんど見られない。参道を引き返す時に目に留まった、朝日を浴びた何気ない海岸風景に少々感傷的になってしまった。あぁ、間違いなく心が疲れてる。長引く激務で心が弱っているからに違いない。心と時間に余裕を持てる生活がしたいよ…

島の上にある社殿

些細な情景で感傷的になる

金刀比羅神社の背後にある青島大橋に少々興味を惹かれるも、渡った先の青島にはグラウンドのあるシンプルな公園と九州電力の施設があるだけなので、橋は渡らずに小島神社へ向けて引き続き海岸沿いの道路を進む。

小島神社

(こじまじんじゃ:芦辺町諸吉二亦触)

車窓から海にポツンと浮く小島が目に入り車を停める。今度こそ目的地の小島神社。期待通りまだ干潮のようで、島から陸へ参道が延びている様子が離れた場所からでも分かる。干潮時間は調べていなかったので(干潮時間に合わせて他の観光を調整するのが面倒だから…)、行き当たりばったりで干潮だったらラッキーだし、満潮だったらそれはそれで海に孤立している小島神社の風景を楽しめばいいと思っていた。

少し離れた場所からズーム撮影した小島神社

参道に建つ鳥居も見える

海岸沿いの道路から細い堤防道路に入って小島神社駐車場に到着。はらほげ地蔵や金刀比羅神社に駐車場は無かったが、小島神社は左京鼻と並んで壱岐島を代表する観光スポットなだけに、ちゃんとした駐車場が設けられていた。それと駐車場の脇には「内海湾」の説明書きが。小島神社がある湾の事で読みは「うちめわん」。文章と一緒に載っている昔の内海湾の絵を見る限り、駐車場のある場所も堤防道路が出来る前は「前小島」とう離れ小島だった様子。

堤防道路にある小島神社駐車場

壱岐名勝図誌に描かれた内海湾の景色…との事

時間はまだ7:00前と早い事もあって、他の観光客の姿は無し。こういう厳かで風情のある場所は、誰もいない方がより本来の情景をしっかり感じ取る事ができていい。早起きは三文の徳。

堤防道路から真正面に見る参道

前小島から小島神社まで自然の参道が延びる様はなかなかのインパクト。元々小島神社の観光はそれほど重視していなかった(干潮時にだけ島と陸を繋ぐ道が姿を現すというスポットは沢山見てきたので)が、タイミングよく干潮時に訪れる事ができたのは本当にラッキーだった。小島神社は「日本遺産」というものに登録されている。とても素晴らしい景勝地である事には違いないが、この手のスポットは日本各地に沢山あるし世界各地には無数にあると思うので、世界遺産に登録されるまでには及ばないのだろう。

堤防から海岸へ下りる階段からの眺め

堤防から階段を下りて参道へ。自分の経験上この手の道は大抵砂地だが、小島神社の参道は一面石が敷き詰まっていて足場が悪い。所々苔が付いていて滑りやすい場所もあり、足元に十分注意して歩く。

参道は石が敷き詰まって歩き難い

参道に建つ鳥居

そして島の前に建つ鳥居に到着。何故か参道の中心ではなく片隅に建っている。本当はもっと潮が引いて参道が広がって中心になるのか、それとも昔は中心に位置していたが年月と共に参道として浮上する範囲がズレていったのか、はたまた鳥居を設置する方角などの関係で参道の端に寄るかたちになったのか。何となく中心にある方がスッキリするが、まぁ別にどうでもいい事なのだ。ともあれ、小島神社の参道風景は見応えがある。

小島側から前小島のある堤防を見る

潮にも天気にも恵まれラッキー

小島神社はとても写真栄えするスポットだ

20分ほど観光を楽しんで小島神社を後にする。しかし実は十分に観光していなかった事をHP制作時に発覚。島の外側を歩いて反対側まで行ったところに鳥居があり、そこから島の上まで続く山道を登った所に小島神社の社殿があったのだ。神社と名が付く島なのでその位の事は予測が付いてもいいはずだし、小島神社の前に全く同じ形式の金刀比羅神社に寄っているので、小島神社の観光中に気付いてもいいはずなのに全く思いつかなかった。荘厳な小島神社の情景に気分が上がり写真撮影に夢中になっていたからだろうか、とにかく大失態をやらかしてしまった。自分の詰めの甘さを悔やむ…

あの木々の中に小島神社の社殿があったのに…